和製ビリージョエル・KAN|ハイセンスな”もてない男のラブソング”

 

たまには音楽の話でも。
「一番好きなアーティスト(歌手)は誰ですか?」と聞かれたら、あなたはなんて答えますか? とても難しい質問ですよね。今は△△だけど、昔は◇◇が好きだったなあ、とか、色々あると思います。私も1人には絞りきれないですね。

でも、好きなアーティストを10名挙げてください、と聞かれたら、私は真っ先に「KAN」と答えると思います。和製ビリージョエル・KAN。一番好きかどうかは分からないけど、私の青春を語るには欠かせないアーティスト、それがKANなんです。

 ◆KAN
 本名 木村 和(きむら かん)
 1962年生まれ
 福岡県福岡市出身
 デビュー 1987年「テレビの中に」
 2017年2月現在 リリースしたシングル34枚、アルバム16枚+ベスト4枚

いろんな人にKANの話をふってみても、「あー、愛は勝つの」という反応しか返ってきません。幸か不幸か「愛は勝つ」が大ヒットしてしまったため、一発屋というイメージがあるみたいですね。事実、愛は勝つの次のシングル「イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ」やその次のシングル「プロポーズ」は、テレビの番組の主題歌や挿入歌として使われた割には、それほどヒットしませんでした。でも、私は、みなさんに、

愛は勝つは、バライティに飛んだKANの音楽の、たった一面に過ぎない

ということを知ってもらいたいです。どれだけの音楽の素養がこの人の中には詰まっているのか。

 
私がKANというアーティストを知ったのは、愛は勝つがヒットする2年ぐらい前。テレビの深夜番組のCMでKANのライブの宣伝を見たときです。たしか「over you」という曲を歌ってました。当時のKANは(あたりまえですが)若く、髪型もカシッと決まっていたので、なんだかホストのお兄ちゃんみたいな人だなと思ったのだ第一印象でした(笑)

この「over you」という曲はKANのシングルの中でも異質な存在で、どのアルバムにも入っていません。発売して7~8年ぐらい経ったときにCDの中古ショップで100円で売っていたのを発見して買いました(笑) 実はこれと言って特徴のない曲で、なぜこの曲をシングルとして発売したのか、大いなる謎です(失礼)

そんなKANとの再会(?)は、学生時代にいとこの引越しの手伝いに行ったとき、そのマンション備え付けの有線放送で流れていた「青春国道202」でした。その軽快なのに少し哀愁を感じる旋律は、春が近いにもかかわらず冷たい雪が降っている窓の外の風景にマッチして、心に染みこんでいきました。

今みたいにインターネットが無かった時代なので、それがKANの曲であることをどうやって突き止めたのか良く覚えていないのですが、数日後、KANのアルバム「野球選手が夢だった」を購入し、擦り切れるまで聞きました。(レコードじゃないので擦り切れることはないと思いますが)

その後、たくさんのKANのアルバムを買いましたが、おそらく完成度ではこの「野球選手が夢だった」が最高ではないかと思います。このアルバム一枚でKANが持っている膨大なポテンシャルがイヤと言うほど理解できます。8分に及ぶ大作「1989 (A Ballade of Bobby & Olivia)」や、切なさで胸が締め付けられる「君が好き胸が痛い」などは、歴史に残る名曲ですね。

これをキッカケに、それまで発売になったKANのアルバムは全部揃えました。

1.テレビの中に
2.NO-NO-YESMAN
3.GIRL TO LOVE
4.HAPPY TITLE−幸福選手権−
5.野球選手が夢だった。

これらを聞いて、なぜ愛は勝つ(5枚目に収録)までヒット曲が出なかったのか、不思議でしょうがなかったです。

2枚目シングルである「BRACKET」、5枚目「東京ライフ」、6枚目「REGRETS」、シングルカットはされなかったけど、「STYLISTIC」、「言えずのI LOVE YOU」(後にシングルカット)などは本当に素晴らしい。ん~、素晴らしいというか、「カッコイイ」という表現が合うような感じもします。

6枚目のシングル「REGRETS」では、もうすでにKANのサウンドは完成していたので、ドラマとかの主題歌に抜擢されていたら大ヒットしていた可能性があると思っています。愛は勝つの前にこの曲がヒットしていれば、世間のKANに対する評価は大きく変わっていたでしょうね。少し残念です。


 ↑ ホストみたいな時代のKAN(笑)

そんな感じで(?)、私の学生時代の一時期は、ほとんどKAN一色でした。今でも、これらのアルバムを聴くと、当時の甘く切ない青春の思い出が次々と蘇ってきます。

で、その後も発売されたアルバムは買い続け、

6.ゆっくり風呂につかりたい
7.TOKYOMAN
8.弱い男の固い意志

このころまでは、楽しく聞いていたのですが、

9.東雲
10.MAN

このあたりで、あれ? なんか違うな・・・。と思うようになり、「MAN」が私にとって最後のアルバムとなりました。心の根底に「野球選手が夢だった」が常に存在し、それとの乖離が激しくなったため、受け入れられなくなったのではないかと思います。それが1996年のことです。

 
そして時は流れ、時代もインターネットが普及し、音楽の情報がいくらでも即座に手に入る時代になりました。2010年、私は三度KANに出会いました。通算32枚目のシングル「よければ一緒に」。これを聞いたとき、懐かしくて涙が出そうになりました。KANだ。KANはやっぱりすごいんだ。

そして極めつけはこれ!

なんと、KANの曲をアイドルグループ「こぶしファクトリー」がカバーしている!!
すごい、すごいよKAN!!

 
今も、そしてこれからも。
KANはもてない男のラブソングを歌い続けることでしょう。

KANのお話でした!

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